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東京高等裁判所 昭和46年(ネ)1067号 判決 1971年10月06日

控訴人(附帯被控訴人) 株式会社 静岡相互銀行

代表者代表取締役 川井盛雄

訴訟代理人弁護士 佐藤英一

同 堀家嘉郎

同 五十嵐七五治

同復代理人弁護士 桑田勝利

被控訴人(附帯控訴人) 鈴木善一

訴訟代理人弁護士 牧野内武人

同 渡辺千古

同 吉川孝三郎

同 鈴木まゆ

同 小口恭道

主文

一、(控訴につき)

本件控訴を棄却する。

二、(附帯控訴につき)

1、原判決中被控訴人(附帯控訴人、以下単に被控訴人という)敗訴部分を左のとおり変更する。

控訴人(附帯被控訴人、以下単に控訴人という)は被控訴人に対し金五〇万円とこれに対する昭和四四年一〇月二一日より支払済まで年五分の割合による金員を支払え。

2、その余の附帯控訴を棄却する。

三、訴訟費用は第一、二審、控訴、附帯控訴を通じて五分しその四を控訴人の、その一を被控訴人の負担とする。

四、本判決主文第二項1につき仮に執行することができる。

事実

控訴代理人(附帯被控訴代理人、以下単に控訴代理人と略称する)は「原判決中控訴人敗訴部分を取り消す。被控訴人の請求を棄却する。被控訴人の附帯控訴を棄却する。訴訟費用は第一、二審、控訴、附帯控訴を通じ被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人(附帯控訴代理人、以下単に被控訴代理人と略称する)は「控訴人の控訴を棄却する。原判決中被控訴人敗訴部分を取り消す。控訴人は被控訴人に対し金一五〇万円およびこれに対する昭和四四年一〇月二一日より支払済まで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は第一、二審、本訴、附帯控訴を通じて控訴人の負担とする。」との判決を求めた。

当事者双方の事実上の主張は左に掲げるほか原判決事実摘示のとおりであるからこれを引用する。

被控訴代理人は、次のとおり述べた。

被控訴人が、石川茂正に金員を交付した際、同人が(1)石川の業務用名刺裏に記載した預り証の交付を受けただけで、その後長期にわたって預金証書の交付または預金通帳への記入を求めなかったこと、(2)銀行預金として定められている利息をはるかにこえる高利の約束をしたこと、(3)右利息の支払いについては銀行業務としては異例の利息を銀行が自働的に定期預金に組み入れる等の約束をしていること等の諸点において控訴人の業務と異り、被控訴人において預金者としての通常の注意を払っていれば、石川の甘言に乗じられることはなかった旨原判決は判断する。しかし、石川は長年控訴人富士宮支店の支店長席付係長、渉外係長等として、預金募集業務に従事し、被控訴人は、たびたび石川を通じて預金をなし、しかも預金証書の交付や通帳への記入なしで預金したこともあるのである。本件預金は控訴人の富士宮支店内で行われたのであるし、被控訴人が石川との従来の経緯から、名刺裏を利用した預り証を信用し、預金証書の交付や通帳への記入を求めなかったからといって過失があったとはいえない。また、高金利の提供、利息の扱いについて被控訴人が疑問を抱かなかったのは、本件預金が、石川の「成績を上げたい」等の懇望によるものであり、石川より「控訴人のようにもと無尽会社であった銀行では特別扱いもある」旨の言を信じたとしても、過失があるとはいえない。

更に、本件においては、石川はもともと真実預金として受け入れる意思なしに被控訴人より金員の交付を受けたのであり、たとえ被控訴人が相当の注意を払って、預金証書の交付等を求めても損害の発生をくいとめられなかったのであるから、被控訴人に過失があったとしても、それと損害の発生との間に相当因果関係はない。

被控訴代理人において次のとおり述べた。

一、被控訴人が石川に金員を交付したのは被控訴人の自宅であり、その払戻しを受ける場所は石川宅とされていた(石川が行方不明になった直後作成された信憑性の高い乙第四号証により明らかである)。このことによると、本件金員の預託が被控訴人と石川個人との間に行われたものであることが明らかである。

二、石川が業務用の名刺の裏面に「預り証」という記載をして被控訴人より金員の交付を受けたとしてもこのことの故に、石川の右行為を控訴人の業務執行ないしその外形を備えていたものということはできない。

三、被控訴人は控訴人と昭和三八年六月頃より手形取引契約を結び同四〇年八月より普通預金をしていた。したがって被控訴人主張のような大金を預金するに当っては、預金通帳をそえて渡し、これに記入することを求めるのが普通であり、これを被控訴人がしていないことは、被控訴人は控訴人に預金するのではなく、高利をうるために石川個人に金員の運用を委ねたものであること示している。

控訴代理人、被控訴代理人とも、相互に相手方の右主張中従前の自己の主張に反する部分を否認すると述べた。

証拠関係≪省略≫

理由

一、第一次請求について

第一次請求は第一審において棄却され、被控訴人よりも不服申立はないから判断しない。

二、第二次請求について

1、訴外石川茂正がもと控訴人銀行に勤務し、控訴人富士宮支店の外交係担当の行員として預金募集の業務に従事していたことは当事者間に争いがなく、≪証拠省略≫によると、石川は、控訴人への預金名下に被控訴人より金員を不法に領得することを企て、被控訴人に対し、預金の勧誘をし、被控訴人より、昭和四三年二月一日一年の定期預金の受入れと称し金二〇〇万円を、同年五月一日普通預金名下に金五〇〇万円の各交付を受け、これを控訴人に納入することなく自ら所持したまま同年五月末日頃行方不明となったこと(行方不明の点は争いがない)、そのため、被控訴人は、右金五〇〇万円のうち返還を受けた金一〇〇万円、右金五〇〇万円授受の際利息として交付を受けた金六万七五〇〇円を除く、金五九三万二五〇〇円相当の損害を石川の右不法行為により蒙っていることが認められる。右認定を左右するに足りる証拠はない。

2、右のように、石川は、自ら金員を領得するために右行為におよんだのであるが、被控訴人は石川の右行為は、その外形ないし外観からみて、控訴人の「事業ノ執行ニツキ」(以下「業務執行につき」と略称する)なされたものとみるべきであると主張する。そして、民法第七一五条第一項にいわゆる「事業ノ執行ニツキ」とは、たとえ真実ないし行為者の内心においては業務執行につきなされた行為でなくとも、それが、第三者からは、業務執行につきなされた行為とみられるものであり、しかも第三者がそうみるについて重大な過失がない場合には、その行為の外形上業務執行につきなされた行為と解すべきであるので、この視点から検討する。

当事者間に争いない石川の身分、≪証拠省略≫を総合すると次の事実が認められる。

(一)  石川は、被控訴人とは幼少より知合いであり、控訴人の富士宮支店に勤務後は、その外交係担当として、しばしば被控訴人を訪れ、被控訴人は石川を通じて本件不法行為の数年前から同支店と預金取引をしていた。被控訴人は農業を営むが、ときに土地売買をしていた。

(二)  石川は、昭和四三年二月一日被控訴人宅に預金勧誘に訪れ、同人に、自己の成績を上げるため定期預金をするよう求め、被控訴人に、金二〇〇万円を、期間一年、利息は、金三六万七六〇五円とし、元金とは別個にその定期積金通帳を作成し、毎月控訴人において自働的に三万円宛積立て、元金の満期に支払うという約束で、定期預金することを承諾させ、その頃同所で、被控訴人から、金二〇〇万円を受け取り、引換えに、「静岡相互銀行富士宮支店、支店長席付係長石川茂正」という自己の業務用名刺の裏に預りの証を記載し、右名刺と、右利息にかんする控訴人発行の定期積金通帳(被控訴人名義)を被控訴人に交付した。

(三)  同年五月一日、その頃被控訴人は所有土地を売却し、売却代金五〇〇万円を保持していたところ、石川はこれをききつけ、特別の金利を払うなどといって強く預金を勧誘し、金五〇〇万円のうち、金一〇〇万円は同月一五日まで、金四〇〇万円は同月末日までを各期限とし、利息を日歩五銭とするとの約束で、被控訴人に預金することを承諾させ、同日同所で同人より金五〇〇万円の交付を受け、引換えに、前同様自己の業務用名刺裏に金四〇〇万円と金一〇〇万円につき、別々に預り証を記載し(四〇〇万円の預り証については日付を五月三一日と誤記)これを同人に交付し且つ利息として金六万七、五〇〇円を同人に支払った。

(四)  控訴人においては、外交係担当行員に、店外での預金獲得のための勧誘や集金をさせているが、それは、預金取引の取次ぎをさせているだけであって、外交係行員はたとえ係長でも、控訴人を代理して顧客と直接消費寄託契約を締結する権限は与えられておらず、また右行員が店外で現金を受領した場合には、控訴人所定の領収証を顧客にわたし、帰行後直に控訴人発行の預金証書、通帳を作成して顧客に届け交付することに定められていたこと、したがって、前述のような名刺に領収文言を記載することによる預金の受領ということは控訴人においては許されていなかった。また、利息の点については、前述のような高利は法律上許されてもいないし(この点は当裁判所に顕著である)利息を定期積金として控訴人が自働的に積立てることも控訴人においてしたことはなかった。

(五)  被控訴人は、(一)で前述したように石川と長年の知合いであり、本件にいたる以前にも、何回も、石川を通じて控訴人と預金取引きをし、その際石川の名刺を領収証として現金を交付し、後に預金証書を受領したことや、通帳を持たずに控訴人富士宮支店に赴き石川を通じて払戻しを受けたこともあり、石川の業務用名刺への預り証の記載とその交付を受けることと引換えに控訴人への預金として石川に現金を交付することについて被控訴人は格別の不安の念を抱かなかったものである。また、利息の点については、被控訴人は数年前より控訴人と取引している間、かつて本件のごとき高利で預金したことはなかったのであるが、石川より強く預金を勧誘され、「預金してもらえば特別の便宜をはかる」、「控訴人のようなもと無尽会社の二、三流銀行では高利を支払うこともある」などといわれしかも現実に、右利息のための控訴人発行の定期積金通帳を交付されたり、高利による利息を交付されたこともあって、石川の身分、石川との知合関係同人を通じての従来の取引から、石川を信じ、特に疑念を生ずることもなかったものである。

(六)  被控訴人は右各現金交付後同年五月末日石川が行方不明となるまで控訴人の正規の預金証書、通帳などの作成交付を求めることを怠っていた。

以上のとおり認められ(る。)≪証拠判断省略≫

右事実によると、石川は控訴人の外交係行員であり、預金の勧誘、預金の取次はその本来の業務であるから、石川の内心の意図は兎も角、少くとも、石川が被控訴人宅を訪れ、同所で、同人に預金を勧誘し、承諾させ、現金を受領したことまでは外形上その業務の執行であることは明らかである。問題は、石川が控訴人に右預金することを承諾させた際に、銀行預金では認められていない高利の約束、控訴人ではしていない右利息についての特殊の支払方法の約束をしたことおよび現金の授受に当って、控訴人の正規の領収証と引換えではなく、石川の前記名刺と引換えにこれがなされた点にあり、この点では、石川の右行為はその外形においても業務執行につきなされた行為としては不備がある。しかしながら、いわゆる外形理論は、第三者が真実はそうでないものを業務の執行につきなされた行為と誤信した場合、その行為のなされた状況下においてそう信ずるにつき相当な理由があるときには、たとえそう信ずるにつき過失があっても、重大な過失のない以上、むしろ右状況の作出に原因を与えた者に右行為の結果につき責任を負わせ、もって第三者の不測の損害を補填せしめるのが公平であるとするものである。したがって、たとえ外形において不備があっても、なお、右状況下において、第三者がこれを業務執行につきなされた行為と信ずるにつき相当の理由があるときには、外形理論を適用すべきであるところ、右に認定した石川の身分、石川と被控訴人の従前の知合度、石川を通じての従来の取引、本件行為のなされた時の石川の前記勧誘状況、業務用の名刺を利用した領収書の交付、控訴人発行の定期積金通帳の交付等の諸事実を総合して考えると、もとより、被控訴人側にも同人が農業を営むとはいえ、土地売買をもなし、銀行取引も数年あったこと、石川に託した金額が計七〇〇万円というかなりの高額のものであること、その利息も通常の預金金利より著しく高利であること、またこのような利息の支払方法も少くとも控訴人ではとっていなかったものであること、正規の領収証と引換えではなく現金を交付していること等に鑑みると、預金者としての預け入れの際の注意義務を尽さぬ過失があったことは否定できないとしても、彼此対照すると、なお、被控訴人が、石川の右行為を控訴人の業務の執行につきなされている行為であると誤信することは止むをえないところであって、相当な理由があり、これを重大な過失ありとみることは苛酷にすぎ相当でない。

したがって控訴人は石川の右行為による被控訴人の損害につき、その賠償の責任を負うべきである。なお、控訴人が石川の選任、監督につき相当の注意をしたことについては主張、立証はない。

3、次に右賠償額を考えるに、被控訴人の蒙った損害額は前述のとおり、金五九三万二五〇〇円であるところ、右損害の発生については、前述のように被控訴人にも過失があり、なお右過失のほか、前記のように被控訴人は石川に現金を交付した後、正規の預金証書、通帳等の交付を求めることを怠っていたのであり、このことも右損害の発生に寄与していることは明らかであるから、これをも含めて被控訴人の過失を斟酌し、控訴人に対し、右五九三万余円の損害中五〇〇万円の賠償を命ずることを相当とする。

4、以上のとおりであるから、被控訴人の第二次的請求中金五〇〇万円およびこれに対する右請求後(第二次請求記載の準備書面の交付)の昭和四四年一〇月二一日より完済にいたるまで年五分の割合による金員の支払いを求める限度で認容し、その余を棄却すべきである。よって、控訴人の控訴を棄却し、原判決中被控訴人の敗訴部分を右結論に応じて変更し、訴訟費用につき民訴法九六条、八九条、九二条を適用し、仮執行の宣言につき同法一九六条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 谷口茂栄 裁判官 荒木大任 田尾桃二)

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